2016年01月30日

U23日本代表 サッカーリオ五輪出場決定! 結果 日本2-1イラク

U-23サッカー日本代表!後半土壇場での原川力ゴール!
イラクに勝利し見事6大会連続リオ五輪出場を決定!
結果は日本2-1イラク。


2014年1月の「アジア予選U-22選手権」では準々決勝で0-1で負け、
2014年9月の「アジア大会グループリーグ」第2戦でも1-3で負けています・・・。
これまで一度もイラクに勝ったことがないU-23日本代表。

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http://image.news.livedoor.com/newsimage/3/4/340a4_854_be6c7776_9d780cc7.jpg参照

【スタメン】

GK
櫛引政敏

DF
山中亮輔
植田直通
奈良竜樹
室屋成

MF
中島翔哉
遠藤航
原川力
南野拓実

FW
久保裕也
鈴木武蔵


【結果】
前半26分 久保裕也 (日本)
前半43分、スアド・ナティク・ナジ(イラク)
後半48分、原川力(日本)


【内容】

前半26分、鈴木武蔵選手のアーリークロスを
久保裕也選手が押し込んで先制ゴール!

前半43分、イラクのスアド・ナティク・ナジ選手が同点ゴール。
櫛引選手が2度ゴールを守りましたが、最後はヘディングで
押し込まれてしまい失点。

日本1-1イラクで後半戦に突入。
アディショナルタイムは1分です。
後半に入り、なかなか攻めきれない日本。

後半18分では南野選手がイラクゴールに迫る
もシュートは打てず。
バックパスを受けた中島選手もシュートは打てず。

後半20分、鈴木選手の左足が負傷。
後半23分にオナイウ阿道選手と交代しました。

後半戦中盤は激しい攻防が繰り広げられています。
室屋選手とアリ・ヒスニ・ファイサル選手の衝突で
一時中断しましたが、その後再開。


後半33分久保裕也選手(OUT)が浅野拓磨選手(IN)と交代しました。

後半48分、原川力選手が勝ち越しゴール!
南野選手のクロスをGKがはじいたところを
すかさず左足でシュート!

リオ五輪に大きく近づきました!
後半50分中島翔哉選手(OUT)と豊川雄太選手(IN)が交代しました。
試合終了、日本が2-1で勝利しました!!

決勝点となったのは後半48分の原川選手の勝ち越しゴール。
6大会連続五輪出場決定です!

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http://www.jiji.com/news/photos/photo_news/images/450/view0020695771.jpg参照


手倉森監督もコメントしている通り、
「誰が出ても勝てる」チームであることを
証明した試合となりました。

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http://img.news.goo.ne.jp/picture/jiji_mega/mjiji_mega_0020680425.jpg参照

試合後に手倉森監督は、
「ゲームプランが崩れてしまい記憶を失っていた。」
とコメントしている。

原川力選手選手の劇的ゴールは日本の
底力を証明してくれました。
延長を予感させる嫌な雰囲気の中でのゴール!

一気に勝利を手繰り寄せました。
決勝は韓国代表U23。因縁の対決になります。
決勝は2016年1月30(土)キックオフ!
posted by サッカー侍 at 20:55| Comment(0) | サッカー日本代表大百科 ★もくじ★ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月23日

【1998年 日本代表ユニフォーム】(炎モデル)

【1998年 日本代表ユニフォーム】

1996-1997年(炎モデルT)

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http://www.hdrank.com/images/upload/keyword/584/10666/10461.jpg

http://football-uniform.up.n.seesaa.net/football-uniform/image/Japan-96-97-home.jpg?d=a0参照

1996-1997年(PUMA)
【フル代表(加茂監督)】
 96年5月のキリンカップ・ユーゴスラビア戦から着用。
 3年半ぶりにデザインが変更された。初代「炎」モデルとなる。
 UAEで行われたアジアカップでは準々決勝でクウェートに完敗、
 「ガルフショック」と言われている。
http://football-uniform.seesaa.net/article/241406722.html参照


1998-1999年(炎モデルU)
 記念すべきワールドカップ初出場モデル。袖の炎が少し小さくなったマイナーチェンジモデル。
 adidas、PUMA、asics の3社がサプライヤーを担当し、本大会モデルはasics が栄誉を拝した。

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http://blog-imgs-37.fc2.com/k/o/b/kobelove0130/C6FCCBDC98asicsWCC0C4C7F2C0C4-BDB8B9E72.jpg参照

 世界への初挑戦は3連敗に終わったが、
 骨折をおして初得点を決めたゴンや大会後に海を渡った
 中田英寿の勇姿が目に浮かぶ。
 
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http://photos.nikkansports.com/soccer/nakata/photo/nataka0704-1.jpg参照


 W杯後トルシエ政権下でも着用されたが、
 アウェイモデルはフル代表での着用歴はなく、
 日韓大会に向けて牙を研ぐアンダー世代で着用された。

 アルゼンチン、クロアチア、ジャマイカ。
 小野伸二のワールドカップデビューはジャマイカ戦でした。
 そして、三浦和良はワールドカップ本大会のメンバーには
 選出されませんでした。

 
 加茂監督がワールドカップ予選で更迭され、岡田監督代行に
 なった日本代表。奇跡的に窮地を脱して本大会へ出場しました。
 岡田監督と三浦和良選手の確執はあまり知られてはいませんが、
 関係者によるとかなりの確執だったと言われています。


【サッカー日本代表大百科】
posted by サッカー侍 at 19:37| Comment(0) | サッカー日本代表ユニフォーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1994年 日本代表ユニフォーム (ドーハモデル)

【1994年 日本代表ユニフォーム】

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http://football-uniform.up.seesaa.net/image/C6FCCBDC92-93adidasC0C4C7F2C0C4-BDB8B9E72.JPG参照

1992-1996年(ドーハモデル) 
 日本協会のシンボルであるヤタガラスの羽根をイメージした、
 いわゆる「ドーハモデル」。
 
日本代表ユニフォーム史上初の
「デザインされたオリジナルモデル」と言える。

 最大の戦いは1993年秋のアメリカW杯アジア最終予選。
 最後の数十秒で浴びたイラクの同点弾!
 
 灼熱の地・ドーハに崩れ落ちたカズ、ラモス、中山。
 「ドーハモデル」たる所以である。

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http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-b0-77/yokota106/folder/255096/16/53510016/img_0?1206967268参照

 しかしその「ドーハモデル」、実はその後2年半、
 ファルカン、加茂監督と3代にわたり着用された。


 また1993年自国開催のU-17世界選手権、
 1994年に日本サッカー史上初めて世界大会出場を
 決めたU-19アジアユース、同じく1994年にユース以下の
 大会で初めてアジア制覇を成し遂げたU-16アジアユース、
 
 1995年エクアドルU-17世界選手権、
 1995-1996年アトランタ五輪最終予選などでは、
 中田英、小野、稲本、高原など後に日本代表を背負う選手たちが着用している。


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http://football-uniform.up.n.seesaa.net/football-uniform/image/E697A5E69CACE4BBA3E8A1A8-1994-JFA.jpg?d=a1参照

1992年(adidas)
【フル代表(オフト監督)】
 10月のアジアカップから初のオリジナルデザインのモデルが着用され、見事優勝を飾った。
 初のアジア王者となり、翌年のアメリカW杯予選に希望を抱かせる結果となった。
 このadidasモデルは、公式戦ではアジアカップ5試合でホームモデルのみの着用であったが、
 93年初頭のイタリア遠征や、カールスバーグ杯に参加した日本選抜では
 アウェーモデルも着用された。
 adidasのロゴは三つ葉マーク。

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http://samurai-matome.com/wp-content/uploads/2014/05/93.jpg参照

1994年当時、日本代表がワールドカップに出場することは
夢と言われていました。当時のスーパースター三浦和良が、
日本代表、日の丸、君が代など日本代表のステイタスを
上げていました。

それに感化された若き世代も財前、中田、小野、松田なども
各世代で大活躍。日本サッカーの未来の可能性を飛躍的に
高めてくれました。

それだけにこのドーハモデルのユニフォームは、
インパクト絶大でした。

【サッカー日本代表大百科】
posted by サッカー侍 at 18:21| Comment(0) | サッカー日本代表大百科 ★もくじ★ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする