2015年09月23日

GK川島永嗣 就職活動中 苦悩の日々を語る

就活中のGK川島永嗣
 “浪人”の苦悩明かす「気が狂うような決断も」

スタンダール・リエージュ(ベルギー)を退団し、
現在無所属となっているGK川島永嗣(32)が9月22日夜、
自身のブログを更新した。

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http://news.yahoo.co.jp/list/?t=eiji_kawashima参照


ここ最近は、美人妻との結婚や、
「相手のシュートに不満」をするなど、
話題になっていたが、所属先が決まらないからか
意気消沈しているように見える。


自身の言葉としては約3カ月ぶりのエントリーで、
今季の所属先が決まっていない心境を明かした。


川島は、

「まず始めに、これだけ長い間僕自身の口からコメントをできなかったこと、
そしてこれだけの期間皆さんに何も報告ができなかったこと、
心からお詫びしたいと思います。そして、ここまで多くの方に心配をかけ、
また何より多くの方にご迷惑をかけていることに対しても
本当に申し訳なく思っております。」

と謝罪で切り出した。


2015年7月下旬にはイタリアの
ノバーラ(セリエB)の練習に参加している。

「新しいチームが決まってから、と思い続け日本を出てから
2カ月が経ちました。今の時点で多くを語ることはできませんが、
8月のマーケットが閉まるまで、そしてここまで、
自分にとってベストの選択ができるようにとここまで
練習に参加させてもらったり、自分自身コンディションを
整えながら可能性を探ってきました。」
新天地は見つかっていない。


当面の間、日本代表招集を見送られることにもなり
「ここまでくると、何が正しくて、何が正しくないのか、
はっきりした答えというのは正直なところ分かりません。
代表のこと、未来のこと、ここまで気が狂うような決断も
しなければいけませんでした。もしかしたら、
ここに至るまでもっと賢い選択もあったかもしれません」
と苦悩を明かした。


「まだまだヨーロッパの基準で、そして世界の基準でゴール
キーパーとして成長したい。何よりもっともっと、
ただただ単純に上手くなりたい」

「でも、何が自分の生き方かを考えた時、
苦しみもがきながらも今に至る次第です。
今はただ、自分自身の道を信じること、
そして必ずいい方向へいくと信じています」

と信念を貫く構えを示した。

最後には、ファンに
「ご心配をかけて本当に申し訳ありませんが、
しっかりとした報告ができる時が来るまで見守って
いただけると幸いです」
とコメントした。


ストイックで有名なGK川島永嗣選手。
移籍先がここまで決まらないのは稀なケースですね。
日本代表の正GKの苦悩の意味はなんなのでしょうか。

何か深い意味がありそうですね。
今後どんな進展が待っているのでしょうか。
ラベル:GK川島永嗣
posted by サッカー侍 at 11:36| Comment(0) | サッカー日本代表 ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

デットマール・クラマー氏 「日本サッカーの父」が死去

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http://dc-f.org/参照

1960年に来日してサッカー日本代表の強化に大きく貢献し、
「日本サッカーの父」と言われたデットマール・クラマー氏が
2015年9月17日に亡くなった。享年90歳。
※デットマール・クラマー ウィキペディア

1964年の東京オリンピックに向けて日本代表のコーチに就任した
クラマー氏は、基礎を大事にする指導法で同大会でのベスト8進出に貢献し、
その後も折に触れて日本サッカー界が成長するための提言を重ねてきた。


ドイツでは超名門のバイエルン・ミュンヘンを
1974−75シーズン、1975−76シーズン
のチャンピオンズカップ連覇に導き、
1976年にはインターコンチネンタルカップを獲得した名監督として知られる。

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http://livedoor.blogimg.jp/jeep_55/imgs/4/b/4bc5f1e4.jpg参照


又、デットマール・クラマーは、言葉の魔術師としても有名で
名言をたくさん残した人でもあります。
いくつか紹介しましょう。

■ デットマール・クラマーの名言集■

「おのれの役割をまっとうした人間ほど美しいものはない」

「きちんと基礎を固めてこそ、その上に立派なものが建つ。
 基本がしっかりしていないものは、いつかは崩壊する。」

「上達に近道などない。そこには、不断の努力があるだけである。」

「サッカーは子どもを大人にし、大人を紳士にする。」

「タイムアップの笛は、次の試合へのキックオフの笛である。」

「サッカーは理論ではなく、試合を通して学べるもの。」

「サッカーは思いやりだよ。パスを受ける人の立場になって、
 受けやすいボールを出すことから始まるんだよ。これから何十年も
 続く君たちの人生も一緒だよ。」

「人を思いやる気持ちを大事にしなさい。」

聞いたことがある言葉もあるかもしれませんね。現在の日本サッカーの
隅々にデットマールクラマーさんの言葉が散り場まられているのです。


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http://dc-f.org/参照

デットマールクラマーさんが育てた選手達。

東京オリンピック(1964年)代表登録メンバー
スタッフ•長沼健 (監督) •岡野俊一郎 (コーチ)

【GK】
1 保坂司 古河電工
21 横山謙三 立教大学

【BK】※当時はDF(ディフェンス)ではなく、BK(バック)と表現
4 平木隆三 古河電工
8 鎌田光夫 古河電工
3 宮本征勝 古河電工
6 鈴木良三 日立製作所
2 片山洋 三菱重工
7 上久雄 八幡製鉄
10 小城得達 中央大学
11 森孝慈 早稲田大学
9 富沢清司 八幡製鉄
5 山口芳忠 中央大学

【FW】
13 八重樫茂生 古河電工
14 渡辺正 八幡製鉄
12 川淵三郎 古河電工
17 継谷昌三 三菱重工
16 宮本輝紀 八幡製鉄
18 杉山隆一 明治大学
15 釜本邦茂 早稲田大学

メンバーの中にはJリーグ創設者の川淵三郎や
メキシコオリンピック得点王の釜本邦茂がいます。
posted by サッカー侍 at 11:05| Comment(0) | サッカー日本代表 ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする