2016年01月23日

1994年 日本代表ユニフォーム (ドーハモデル)

【1994年 日本代表ユニフォーム】

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http://football-uniform.up.seesaa.net/image/C6FCCBDC92-93adidasC0C4C7F2C0C4-BDB8B9E72.JPG参照

1992-1996年(ドーハモデル) 
 日本協会のシンボルであるヤタガラスの羽根をイメージした、
 いわゆる「ドーハモデル」。
 
日本代表ユニフォーム史上初の
「デザインされたオリジナルモデル」と言える。

 最大の戦いは1993年秋のアメリカW杯アジア最終予選。
 最後の数十秒で浴びたイラクの同点弾!
 
 灼熱の地・ドーハに崩れ落ちたカズ、ラモス、中山。
 「ドーハモデル」たる所以である。

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http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-b0-77/yokota106/folder/255096/16/53510016/img_0?1206967268参照

 しかしその「ドーハモデル」、実はその後2年半、
 ファルカン、加茂監督と3代にわたり着用された。


 また1993年自国開催のU-17世界選手権、
 1994年に日本サッカー史上初めて世界大会出場を
 決めたU-19アジアユース、同じく1994年にユース以下の
 大会で初めてアジア制覇を成し遂げたU-16アジアユース、
 
 1995年エクアドルU-17世界選手権、
 1995-1996年アトランタ五輪最終予選などでは、
 中田英、小野、稲本、高原など後に日本代表を背負う選手たちが着用している。


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http://football-uniform.up.n.seesaa.net/football-uniform/image/E697A5E69CACE4BBA3E8A1A8-1994-JFA.jpg?d=a1参照

1992年(adidas)
【フル代表(オフト監督)】
 10月のアジアカップから初のオリジナルデザインのモデルが着用され、見事優勝を飾った。
 初のアジア王者となり、翌年のアメリカW杯予選に希望を抱かせる結果となった。
 このadidasモデルは、公式戦ではアジアカップ5試合でホームモデルのみの着用であったが、
 93年初頭のイタリア遠征や、カールスバーグ杯に参加した日本選抜では
 アウェーモデルも着用された。
 adidasのロゴは三つ葉マーク。

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http://samurai-matome.com/wp-content/uploads/2014/05/93.jpg参照

1994年当時、日本代表がワールドカップに出場することは
夢と言われていました。当時のスーパースター三浦和良が、
日本代表、日の丸、君が代など日本代表のステイタスを
上げていました。

それに感化された若き世代も財前、中田、小野、松田なども
各世代で大活躍。日本サッカーの未来の可能性を飛躍的に
高めてくれました。

それだけにこのドーハモデルのユニフォームは、
インパクト絶大でした。

【サッカー日本代表大百科】
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U―23アジア選手権準々決勝 日本3―0イラン

U―23アジア選手権準々決勝 日本3―0イラン
(2016年1月22日 カタール・ドーハ)
10番の意地!中島71秒で2発「最後に役に立ててよかった」

<日本代表先発メンバー>

GK 櫛引

DF 岩波、植田、室屋、亀川

MF 遠藤、原川、中島、矢島

FW 久保、オナイウ阿道


<イラン代表先発メンバー>

GK アハバリ

DF ダネシュガル、ヘイダリエ、チェシュミ、アブドラザデ

MF A・カリミ、Mi・モハマディ、ナギザド、トラビ、サゲビ

FW モタハリ

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http://m.sponichi.co.jp/soccer/news/2014/01/20/jpeg/G20140120007418760_view.jpg
参照

チーム立ち上げから背番号10を背負ってきた中島が、
勝負を決定づける2得点をわずか71秒の間に挙げた。

1―0の延長後半3分、得意のドリブルで相手DFをかわすと、
左サイドから右足を振り抜き、豪快にネットを揺らした。


同5分にも強烈なミドルシュートを決め、
昨年3月のリオ五輪アジア1次予選・ベトナム戦以来のマルチ弾。

「90分でなかなかシュートが打てなかったので、
延長ではチームのために頑張ろうと思った。
最後にチームの役に立ててよかった」とコメント。


J2東京V時代の2012年10月21日、
Jリーグ歴代最年少記録となる18歳1カ月28日で
ハットトリックを達成するなど早くからセンスを見せつけてきた。

「目標はバルセロナ移籍とW杯優勝、バロンドール獲得」
と公言するなどビッグマウスでも注目されてきた10番が、
日本の勢いをさらに加速させる。


◆中島 翔哉(なかじま・しょうや)
1994年(平6)8月23日、東京都生まれの21歳。
東京Vジュニア、東京Vジュニアユース、東京Vユースを経て、
高3だった12年9月にJ2東京VでJデビュー。

2010月にプロ契約を結んだ。
2014年1月にFC東京に完全移籍と同時に
J2富山に期限付き移籍。同年8月にFC東京に復帰した。
各年代の日本代表に選ばれ、
2011年U―17W杯に出場。
1メートル64、64キロ。利き足は右。

東京V出身の選手はビッグマウスに育つ。
そういう環境なのだ。ビッグマウスのまま消えていく
選手と進化しながら高みに上っていく選手に分かれる。

中島選手はどちらになるのだろうか。
東京VからJ2富山、J1FC東京に移籍したことで
東京Vで学べなかったことを吸収したのではなだろうか。

イラン戦後のコメントに、
「最後に役に立ててよかった」とコメントしているが、
エゴイストになるりやすい東京Vの環境から移籍を経験して
仲間を助けるマインドを学びつつあるように見受けられる。

チームの為、仲間のために自己の才能を発揮することを
マスターすることで更なる進化が期待できるだろう。

次節、リオ五輪本大会出場が決まる。
中島と日本代表の真価が問われる試合になる。

【サッカー日本代表大百科】
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2016年01月17日

U-23タイ代表 0-4 U-23日本代表 リオデジャネイロ五輪アジア最終予選

2016.1.16 リオデジャネイロ五輪アジア最終予選 GL第2節
U-23タイ 0-4 U-23日本 グランド・ハマド・スタジアム

リオデジャネイロ五輪出場権獲得を目指すU-23日本代表は、
1月16日、リオデジャネイロ五輪アジア最終予選
グループリーグ第2節でU-23タイと対戦した。

前半27分にFW鈴木武蔵(新潟)の得点で先制した日本は、
後半4分にMF矢島慎也(岡山)、同30分と同39分に
FW久保裕也(ヤングボーイズ)が追加点。

守備陣もタイに得点を許さずに4-0の完封勝利を収め、
2連勝で早々と決勝トーナメント進出を決めた。
日本は1月19日に行われるGL第3戦でサウジアラビアと対戦する。

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http://www.jiji.com/news/photos/photo_news/images/450/view0020615023.jpg参照


4-4-2のシステムを採用する日本は、
初戦の北朝鮮戦から先発6人を入れ替え、
DF奈良竜樹(川崎F)、DF亀川諒史(福岡)、
MF矢島慎也(岡山)、MF豊川雄太(岡山)、MF原川力(川崎F)、
FW浅野拓磨(広島)を先発起用。


GKに櫛引政敏(鹿島)、
最終ラインに右からDF室屋成(明治大)、
DF岩波拓也(神戸)、奈良、亀川を配置。

ボランチにMF遠藤航(浦和)と原川、
右サイドハーフに矢島、左サイドハーフに豊川、
2トップに鈴木と浅野を並べた。


勝利すれば決勝トーナメント進出が決まる日本は、
序盤から決定機を創出する。

前半6分、左サイドから豊川が送ったクロスに対して
ゴール前に走り込んだ矢島がダイレクトで合わせたシュートは、
ゴールマウスを捉えたもののKソンポーン・ヨスに弾き出された。

さらに同8分には矢島の浮き球のパスからペナルティエリア内に
進入した浅野が左足シュートで狙うもポストに弾かれ、


同9分には右サイドの室屋のグラウンダーの
クロスの流れから豊川が決定的なヘディングシュートを
放ったがクロスバーに弾かれて先制点を奪うには至らなかった。

その後も攻勢を掛け続けると前半27分に先制点を叩き込む。
センターサークル付近で矢島からボールを受けた
遠藤が前線に送ったボールに鈴木が反応すると、

ヘディングで落ち着かせたボールを右足の豪快な
シュートでネットに突き刺し、スコアを1-0とした。

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http://image.news.livedoor.com/newsimage/1/6/16c77_929_spnldpc-20160116-0159-0.jpg
参照


1-0とリードしたまま後半を迎えると、
日本は鈴木に代えてFWオナイウ阿道(千葉)を投入する。
すると後半4分、右サイドから展開されたボールが

左サイドまで流れると、敵陣深くまで突破した原川の
クロスを矢島がヘッドで叩き込んでリードを2点差に広げた。


2点をリードした日本は直後にタイに好機を創出される。
後半9分にはPA内で亀川がファウルを犯してPKを献上するも、
MFティティパン・プアンチャンのシュートはクロスバーを叩き、

同10分には至近距離からFWチェンロップ・サンファオディが
放ったシュートを櫛引が弾き出すなどタイに得点を与えない。


後半25分には浅野に代えて久保を投入。
すると後半30分、攻撃参加した岩波のスルーパスから
完全に抜け出した久保が決定機を迎えると、

右足で放ったシュートは相手GKに当たりながらも
ゴールマウスに吸い込まれて3点目が生まれた。

同33分には矢島に代えて最後のカードと
なるMF南野拓実(ザルツブルク)をピッチへと送り込む。

後半38分にはオナイウのパスから抜け出した久保が
ペナルティエリア内でファウルを誘ってPKを獲得すると、

自らが落ち着いて決めてリードは4点差に。
その後もタイに反撃を許さずに4-0の完封勝利を収めて、
2連勝を飾った。

審判のジャッジで試合の流れがタイに行きかけた時間帯も
ありましたが、タイのPK失敗など運が味方する形となった。

今回は主力温存とみられるようなメンバー構成だったが、
試合を通して安定した試合運びが見られた。

次節サウジアラビア戦は様々なテストが行われることだろう。
リオ五輪に向けて好発進をした日本代表。
手倉森監督が世界大会ベスト4を目指しているだけに
アジア予選は確実に突破してほしいものである。


サッカー日本代表大百科
posted by サッカー侍 at 20:46| Comment(0) | サッカー日本代表大百科 ★もくじ★ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする