2015年11月23日

パウロ・ロベルト・ファルカン 監督(ブラジル)

パウロ・ロベルト・ファルカン 監督(ブラジル)
1994年5月 - 1994年10月

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http://www.u-stat.net/stat.php?id=279参照

主な参加大会/1994年アジア競技大会
対戦成績/9試合、3勝・2敗・4分

オフト(欧州路線)とは違う南米路線の監督を、
ということで選ばれ、小倉隆史や前園真聖ら多く
の若手選手を代表に抜擢した。

しかしアジア大会でのノルマ
(ベスト4以上もしくは韓国より上の成績)
をクリアできず、短期間で解任された。


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http://ameblo.jp/boots-room/entry-10859405316.html

1990年にブラジル代表監督に就任し、
指導者としてのキャリアを本格的にスタート。

セルジオ越後氏の紹介で1994年に日本代表監督に就任した
ファルカンはオランダ2部エクセルシオール・ロッテルダムから
帰国した小倉隆史や前園真聖ら多くの若手選手を代表に抜擢するも、


前任の代表監督であるハンス・オフトの細かい戦術的指揮から、
ほぼ選手の自主性に任せたファルカンの指導法に選手らが戸惑い、
「オフトと違う」と監督としてのファルカンを疑問視する声が出始める。


そして、就任直後のキリン杯においてフランス代表に惨敗、
広島で行われたアジア大会準々決勝で韓国代表に敗れると
これらの責任を問われ解任された。

posted by サッカー侍 at 22:51| Comment(0) | サッカー日本代表 監督 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月21日

日本2 - 0 カンボジア <W杯アジア2次予選>

日本2 - 0 カンボジア <W杯アジア2次予選>

得点 オウンゴール(後半6分)
  本田圭佑(後半45分)

GK 西川周作 12
DF 長友佑都 5
DF 槙野智章 20
DF 藤春廣輝 21
DF 吉田麻也 22
MF 遠藤航 3
MF 香川真司 10
MF 山口蛍 16
FW 原口元気 8
FW 岡崎慎司 9
FW 宇佐美貴史 11


GK 六反勇治 1
GK 林彰洋 23
DF 丸山祐市 2
DF 森重真人 6
MF 本田圭佑 4
MF 柏木陽介 7
MF 清武弘嗣 13
MF 長谷部誠 17
MF 南野拓実 18
FW 武藤嘉紀 14
FW 金崎夢生 15

GK ウム・セレイラット 22
DF セウイ・ビサル 5
MF クオン・ラボラビー 9
MF ソス・スハナ 12
MF チン・チョウン 17
FW ネン・ソティアロット 3
FW サム・ウン・ピドー 6
FW クチ・ソクンペアク 10
FW ヌブ・トラ 13
FW ケオ・ソクペン 14
FW ビン・チャンタチェアリー 23

GK ソウ・ヤティー 1
GK プラック・モニピルン 21
MF プラック・モニウドン 7
MF ホイ・ファリン 8
MF チャン・バタナカ 11
MF ティト・ディナ 15
FW ホン・ペン 2
FW ルス・サムウン 4
FW チェレン・ポルロット 16
FW ソン・バンデット 18
FW バ・ケンティン 19
FW ソック・ソバン 20


【前半】

序盤から日本がボールをキープするも、
5バックでゴール前を固めるカンボジアの守備を崩す
ことができない。右サイドバックを務める長友からのクロスや、

香川が前を向いた瞬間にはゴール前に迫るものの、
ラストパスの精度を欠き、なかなかシュートまでは至らず。

対するカンボジアは、カウンターから最前線の
クオン・ラボラビーがスピードを生かした突破を見せ、
22分に鋭いシュートを放つなど日本ゴールを脅かす。


日本は44分に香川のラストパスから、
藤春がダイレクトで合わせたシュートが左ポストをたたき、
最大のチャンスを迎えるが生かすことができず。

0−0のままハーフタイムを迎えた。


【後半】

後半開始から投入された柏木が試合の流れを一気に引き寄せる。
1分には柏木から岡崎へのパスが通り、
最後は香川が倒されてPKを獲得した。

このPKは岡崎が外したものの、
6分にFKから待望の先制点が生まれる。


柏木の蹴ったボールは、岡崎と競り合ったネン・ソティアロット
の頭に当たり、ゴールに吸い込まれた。

その後も、柏木が長短のパスを織り交ぜながら
日本の攻撃にリズムを生み出していく。


日本は17分に本田を投入し、
さらに攻勢を強めてカンボジアゴールに迫り続けたが、
フィニッシュの精度を欠き追加点を奪うことができない。

終了間際の45分、藤春のクロスから本田がW杯予選で
5試合連続となるゴールを決めたものの、
奪ったゴールは2点のみに終わった。


日本は6試合連続の無失点ゲームを達成したものの、
決定力不足という課題は改善できず。
やや消化不良のまま、年内最終戦を終えた。


万年絶対的なFWがいない日本代表。
欧州や南米には絶対的なFWがいる。
国民性や文化も関係しているだろうが、

日本は調和と規律の国。
エゴイストが生まれにくい文化がある。

最近はバルセロナのような調和バランスの
絶妙なチームがある。
日本代表がお手本にしやすいモデルかもしれない。

アジア予選はどんな戦いをしても課題は出てくるもの。
様々な人が持論を得意気に語るもの。
それでいいのだ。

内容はどうあれとにかく結果だけは出さなければならない。
結果が出ていればどんな批評もプラスになる。
posted by サッカー侍 at 02:40| Comment(0) | サッカー日本代表 ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月15日

ハンス・オフト監督(オランダ) 出典 m.sponichi.co.jp ハンス・オフト監督(オランダ)1992年5月〜1993年10月

【ハンス・オフト監督(オランダ)】
【画像】ハンス・オフト.jpg
http://japaneseclass.jp/trends/about/%E3%83%8F%E3%...参照

1992年5月〜1993年10月

主な参加大会/1992AFCアジアカップ、1993〜4FIFAワールドカップ予選

対戦成績/33試合、16勝・9敗・8分

プロリーグ誕生後、最初の代表監督。


AFCアジアカップ1992、東アジア選手権1993で
タイトルを獲得するなど好成績を収めたが、
1994W杯予選で惜しくも敗退し(ドーハの悲劇)、
解任となった。

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http://pocketbook1.seesaa.net/article/108726072.ht...参照

オフトが残した言葉

「アイコンタクト」
「スモールフィールド」
「トライアングル」
「コーチング」
「スーパーサブ」

などのサッカー用語は現在の日本サッカーの基礎となっている。

1994年当時は、スター選手であるラモス瑠偉と何度も衝突していた。
ヨーロッパの組織的なサッカーと南米の独創的なサッカーの
衝突と言ってもいいだろう。

タレント豊富な当時の日本代表をW杯アジア予選突破
寸前まで進めたのはオフトの功績と言えるだろう。

その後はJリーグのジュビロ磐田や浦和レッズで指揮をとった。
日本サッカーに様々な功績を与えた指導者と言える。
posted by サッカー侍 at 00:08| Comment(0) | サッカー日本代表 監督 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする